ロシア内戦中の赤軍創設を指揮したのが、
1918年から
1925年にかけて軍事
人民委員(軍事大臣に相当)であった
レフ・トロツキーである。初期の赤軍は、志願兵によって構成されたもので、階級やそれを表す記章がなく、将校は民主的な選挙によって選ばれていた。のちには、軍隊への参加が義務となり、またすべての部隊に
政治将校が割り当てられた。帝政時代の遺物として廃止されていた職業軍人による将校制度も、
1935年復活した。
1937年から
1939年の
大粛清では、ほとんどすべての高級将校が追放されるか、粛清されるかしている。そのために近代化が遅れ、有能な指揮官が殆どいなくなったため、
第二次世界大戦初期には敗北が続いた。