木津信用組合は預金高1兆円(最大時)を超えるマンモス信組であり、一般地方銀行並みかそれ以上の規模を誇っていた。だが、そのほとんど全てを不動産関係の融資で運用したため、バブル崩壊のあおりを受け瞬く間に経営が悪化。あっけなく破綻した。金融機関という外見こそ持っていたが、その資金運用は山師のそれに近い、無謀な投機そのものであった(貸出金8割以上が不良債権だったといわれている)。また
三和銀行をはじめとする都市銀行から紹介預金により高金利の預金を受け入れ、その引き上げ破綻の遠因となった。また、同じ大阪の
東洋信用金庫と共に
尾上縫の詐欺事件に関与(架空預金証書が発行された)し、巨額の貸し倒れが発生したことも経営破綻の原因となった。破綻の直前に
住専問題で後に問題となる
末野興産が386億円を引き出していたことも明らかになっている。