東京都立駒場高等学校、
東京大学法学部卒業。
1990年代前期に始まった日本の”構造不況”もいよいよ10年ものか、と悲観的な経済観測が支配的であった
1998年(
平成10年)、トヨタはやや異彩を放っていた。経済評論界では”トヨタ銀行”という渾名が流行していた。それは長引く不況により
有利子負債の累積した企業、経営破綻(
倒産)した企業の名が新聞経済面やテレビニュースに名を連ね、日本の銀行の
自己資本比率の低さが問題視されていた中、トヨタは堅調な資金力を保持し続けていたからであった。その余力を背景として当時のトヨタでは
奥田碩社長(現:相談役)の強力な指導力の発揮により”
カイゼン”(業務を改善すること)の徹底強化が推進されていた。そのさなかに奥田よりバトンタッチを受け社長に就任したのが、米国ケンタッキー工場の稼動開始などを担当し、国際戦略に強みを持つとされる張であった。