江戸時代初期には
土井利勝が鹿島城を改造して
佐倉城を築き、その後、堀田氏の居城となり、
老中首座となった
堀田正亮が11万石とし、佐倉は
城下町として繁栄した。
佐倉藩は、武田(徳川)家、松平家等、老中や大老となる幕格の中心人物が入封する重要な藩であった。幕末の老中
堀田正睦は蘭学を奨励し、
佐藤泰然に
順天堂(現・
千葉県指定史跡佐倉順天堂)を開かせた。また、「西の長崎、東の佐倉」として西洋医学の街としても栄えた。現在では、
国道296号(新町周辺のみ)を通称蘭学通りとして、その名を残している。