そもそもの始まりは、フランステニスチームのメンバー同士の賭けという偶然の出来事だった。時は1925年の
ボストン。ルネ・ラコステと未来の“ムスクテール”で構成するフランスチームは、インターゾーンの決勝に進出した(インターゾーンとは、数日後に控えた
フィラデルフィアでの
デビスカップの予選のこと)。練習の合間にボストンの優雅な街並みの中を散歩していたルネ・ラコステはある旅行洋品店の前で急に立ち止まった。店に入るとルネは素晴らしいワニ革の
スーツケースに釘付けになった。ルネはフランスチームのキャプテンの
ピエール・ジルーに「もし僕が試合に勝ったら、このスーツケースを僕に贈ってくれないか」と冗談半分で言った。「それなら対戦するアンダーソンに勝ったらそうさせてもらうよ」とジルーも笑いながら約束した。結局その年はアンダーソンには勝てなかったものの、この話を聞いていたジャーナリスト、
ジョージ・カレンスは試合翌日、「若いラコステはワニ革のスーツケースを手に入れることは出来なかったが、
その戦いはワニのようだった。」と称した。こうしてルネ・ラコステにはアメリカでは"アリゲーター"、フランスでは"クロコダイル"というあだ名がつけられた。