片岡はスモカ歯磨のみならず、かつて
森永製菓の宣伝部に在籍していた頃、森永キャラメルの広告に、当時人気力士の一人であった横綱、
太刀山の手型を取り、そこに「
天下無双 森永ミルクキャラメル」とコピーを書き込むなど、型にはまらない自由な発想で広告を手掛け、今では基本となった広告にエンタテイメント性を持たせた人物として知られている。寿屋在籍時には、
赤玉ポートワイン(現在の赤玉スイートワイン)の宣伝にあたり、「発売そのものがニュースになる」広告として新聞紙の一頁を切り取り、そこに
赤玉ポートワインと書いて、墨汁で丸を入れるという、まるで傍から見ると子供のイタズラと思われてもおかしくないような奇抜な広告を行ったことでも知られる。さらに
1922年(大正11年)には、当時寿屋が所有していた
赤玉歌劇団のプリマドンナとして名を馳せることになる
松島恵美子をモデルに起用した「日本初のヌードポスター」を、同じく寿屋でデザインを担当していた
井上木它と共に製作するなど、その精神は現在の広告の企画立案に継承されており、功績は計り知れないものがある。その他、壽屋が
1929年(昭和4年)に発売した初の本格ウイスキーとなるサントリー白札(今の
サントリーホワイト)や、その翌年に発売されたオラガビールの広告も手掛けている。