戦場での苛烈な戦闘体験は1920年刊行の作品『
鋼鉄の嵐の中で』(In Stahlgewittern)や、続く『
火と血』(Feuer und Blut)、『
内的体験としての戦闘』(Der Kampf als inneres Erlebnis)など、初期の戦争作品群に余すところなく書かれている。ユンガーの戦争体験記は「英雄的リアリズム」と呼ばれ、戦争の凄惨を戦争賛美に結び付けているところに特徴があり、戦争の凄惨さから反戦的傾向になる他の作品とは対極性を見せている。例えば
レマルクの『西部戦線異状なし』などと比べて観れば違いは顕著である。
ユンガーは、ヴァイマール共和国時代、兵力10万人に制限された
ドイツ国防軍(Reichswehr)に歩兵少尉として残り、
フォン・シュテュルプナーゲル大尉(第二次大戦期はパリ占領軍司令官)の部隊で
カップ一揆鎮圧に出動。白兵戦指揮の卓越さから次代のドイツ軍のための新しい歩兵操典の作成に加わる。1923年に軍を退官し(そのまま軍に残っていたならば第二次世界大戦期は、陸軍少将か中将になっていたと言われる)、
ミュンヘン大学で
ハンス・ドリーシュの下で哲学を学び、さらに動物学を専攻しナポリの動物研究所の研究員となる。1925年にウィーンで出会ったグレータ・フォン・ヤインゼンと結婚し、二人の子どもを得た。